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どこにでもある、どこにでもあった、ありふれた里山風景です。
![]() 新たな動きへのオープンアクション。 種を播いたから歌った、歌ったから種を播くことが出来た。 それは農業だから提示できる明解な人間の実像。そして未来へのヒント。 私達の歴史上の事実を把握することで、ただアミューズメントからなぜアミューズメントなのかを把握することで、例えばなぜ人は祈って来たのか考えることで、最も大切なもう一人の自分が見えてくるはずだ。そんな山越えのルート(山の思想)がかっては方々に有った。
初めて、初日のあるアートでたんぼ。相変わらずのんびりした初日です。通年企画への第一歩が起動できました。アートでたんぼ実験場の初日です。
ちょっと乱暴でが、フォークリフト移動。大きく片荷なのでバランス材にお米なのです。 命のメカニズムに只驚く。
遅れ遅れのアートでたんぼ、
文化(アート)と生産(農耕)の関わり実験場として 年間稼働で動きます。 ![]() カミイケタクヤ 移動式リヤカー風呂 ![]() ![]() ![]()
人間を論じ初めて一世紀、マユは孵化する、
人類史の本来のアートスペースへ、
生活とアートは何の関係もない。 アートは生産に関わるもの、つまり生産材です。 それは生産、経済活動の中枢部で稼働するものとしてある。 問題なのは常にアートの販路です。 ソシュールが分け難いラングとパロールを分ける事で始まったように、人の営みをまず生活と生産に分けて考えればアートは生産活動に属して来る。
Cave Of Forgotten Dreams
人類史の基礎をギリシャ文明に置けば、当然科学こそ、と言うことになる。 そして国家ありて個人ありと言うことにもなる。 確かに人類も類的存在である。 けれど、どこで間違えたかギリシャ発の国家と言うものは類的なものではない。 元はパルテノンも農村集落。 ![]() やがて神殿。 ![]() そして、あのパルテノン神殿 ![]() ![]() やはりこの経緯は、生産のもつ自然遊離性から来る。そこで出来る農産物も自然の迫力が欠落する。この隠し続けた人間の秘密を直視しなくては、世界の農村はない。つまり、食物が危ない。 ![]() ちなみに芸大のデッサン室、昔は確か木造だったかな なぜ、芸術なのか、ここからは遠いがここからでないと道は出来ないわね。
私たち人間には主体はない。
私は私だと思っている、思わされているに過ぎない。 私とは、幻想である。 全て時代の制度(システム)なのだ。 とミシェルフーコー。 そう、皆自分でないのに自分だと思っているだけ。 しかし野生の生き物は主体的に生きている、と言って良いでしょう。 野生の生き物と人間を分けるものは、やはり生産と文化です。 だから、必死で生産従事する仕事ビトほどおかしくなる。 そこが中心で時代を動かす、すると益々おかしくなる。 では文化活動は、どうなのか。 当然、文化活動もすればするほど人間をますます狂わす。 今まで、素晴らし作品が無数にあったけれど残念ですがこんな今ですから。 だから難しい。そうでないと思うがどうもそうなる。 ペルーのカラル遺跡。ここでは戦争の跡どころか武器すらも見つからなかったと言われている。 あったのは大量の笛だと言うことだが。 栗本慎一郎曰く、「一度文明が栄えた所は、二度と文明は栄へない。」 つまり民衆は、二度と失敗をしないようにうごめく。 ![]()
世界最古の洞窟壁画 3D(続)恐らく三万年前の笛の音だと思います。
これらの3万数千年前のトルソーも3Dで紹介。最高! これらの旧石器文化の解釈が。今からの人類活動の方向性を大きく揺さぶりそうだ。 商品としてのアートも良いが、アートには、本来あるべき所がある。 博物館で展示される仏像の様に。(何かから切り取られて、心だけ美しく並べられている。) そう、人類が回避できない、今まさに直面している生産活動の呪を抑える物だから。 これらを生みだした社会では、原始農耕が既に始まっていると言いたいが、 少なくとも農耕を生みだす労働概念(Workと言う動き)が急激に肥大している。 この時代を生きる人達のこれらに対する反応が私達を魅了するこれらの作品を生む。 ![]() 肥満こそ美人。もっか私は減量中、年やから。 ![]() 実物はこんなに小さい。何か着せられていたのか、頭はチリ毛やな、顔は刻んでないのか。 ![]() ついでにこれも。人類最古の集落のチャタルフユック遺跡出、 トルコ首都アンカラの アタテュルク廟(トルコはちょっと行きたいな) ![]() ↑二つには足がない、小さい。定住でしょうね。足が大きい文化はないか! ![]() ![]() ![]() 映画とは関係ないがこれは縄文、二万数千年の開きがある。 ![]() ![]() これも、色々な物で飾られていたのだろう。毛皮や羽や花木で。 ![]() 「縄文のビーナス」(上)や「仮面の女神」(下)は、尖石縄文考古館(周辺はたくましい?)に展示されている。 二度行ったが二度とも休館日、突然行くからな、井戸尻考古館も ![]() ![]() 縄文土器も、井戸尻考古館で取り組んでいる土器文様の解読(藤森さんが居た所か?(3Dか、お手伝いしたい―ここには現代社会変革の基本哲学が有るからな、しかしたんぼが忙しくなるからな) ついでにこれは七万数千年前、なぜか幾何学文様。(そうパターン、これが人類の内部に生まれてきた生産の基本概念だろう)これこそ現代の全てであるWorkの誕生ですな。 ![]() ![]() 人間になる以前の領域と、俗に言う進化にともなう、益々肥大化する人間(労働)領域の葛藤が これらの物を生みだす。しかし近代以降のアートとの決定的な違いは、博物館に置かれた仏像の様にまだ本来あるべき所のメモリーを持っていると言う事だ。
準備が遅れて13日のオープニングがどうもと言う事で一応19日からと言う事になりました。
ここではどちらも同じでしょうけれど。やはりなぜたんぼなのかと言うところがネックです。 ほぼ4ヶ月の間アートとたんぼの固さに直面、芸術でもなく農業でもない何かが前面に 来ています。何れにしても人間脱出装置へですから。詳細はリーフで、 ![]() ![]()
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